救われた経験が、人を強く、優しくする。
「人を強く、優しくするのは、辛い経験ではなく“救われた経験”です。」
僕自身、これまでいろんな方の人生に関わる中で、強さの根っこを見てきました。
本当に優しく、芯のある人ほど、過去に「誰かに救われた経験」を持っています。
心が折れそうな瞬間に、手を差し伸べてもらったことがある人。
暗闇の中で光をもらったことがある人。
そういう人は、人の痛みにも、人の希望にも敏感です。
逆に、弱っている人がただ「辛い経験」だけを積み重ねると、
残念ながら多くの場合、心が歪んでしまいます。
もう誰も信じられなくなり、
世界を呪うように生きてしまう。
何かされたわけでもないのに、
周りを敵とみなし、目の奥から優しさが消えていく。
そんな人たちを、僕は何人も見てきました。
だからこそ、「救われる」ことの尊さを、僕は信じています。
救われた経験は、人を変えます。
それは“立ち直る”という次元ではなく、“生まれ変わる”ような変化です。

僕が精子提供という形で関わるようになってからも、まさにこの「救いの連鎖」を感じております。
たとえば、不妊治療で長く苦しんでいたご夫婦が、ようやく授かった命を抱いたときの笑顔。
同じように、FTM(女性から男性への性別移行をされた方)とパートナーのご夫婦、
あるいはレズビアンカップルの方々からも、
たくさんの相談や感謝の言葉をいただいてきました。
「自分たちの関係を否定されたくない」
「それでも家族を作りたい」
「子どもを授かることを諦めたくない」
そうした声に出会うたび、
この社会の“目に見えない壁”の多さを感じます。
けれど、彼ら・彼女たちは、その壁の向こうにある“希望”を諦めません。
何度拒まれても、笑顔で前を向き、信頼できる人を探し続ける。
その姿に、僕はいつも心を打たれます。
提供を通して子どもを授かったFTM夫婦が、
「ようやく“父親”として胸を張れるようになった」と話してくれたことがあります。
また、レズビアンカップルの方からは、
「この子が生まれて、ようやく社会に“存在を認めてもらえた気がする”」という言葉ももらいました。
命が生まれるということは、
その瞬間に“誰かが救われる”ということ。
そして、その子の存在が、また周囲の人を救っていく。
これは、奇跡のような連鎖です。
僕が今まで関わってきた中で、
「子どもが生まれたことで、人生の意味が変わった」
「暗闇の中にいたけれど、もう一度信じてみようと思えた」
そんな声を何度も聞いてきました。
命が救いを生む。
そしてその救いが、また新しい命を生む。
この連鎖の中に自分が少しでも関われていることを、
心から誇りに思っています。
僕はこれまで多くのご家族と関わってきましたが、
その中で何度も感じるのは――
「救われた経験がある人ほど、他人に優しい」ということ。
かつて不妊に苦しんだ人が、
同じ悩みを持つ友人の相談に寄り添えるようになる。
社会に理解されずに傷ついた人が、
誰かを包み込むような温かさを持てるようになる。
そうやって人は、痛みを通してではなく“救いを通して”成長していくのだと思います。
僕にとってもこの活動は、「救うため」ではなく「救われたから返している」という感覚に近いです。
与える側のように見えて、実は僕自身が多くの方から勇気をもらい、“人の強さと優しさ”を教えてもらってきました。
救われた経験こそが、人を強く、優しくする。
この真理は、どんな立場の人にも共通します。
そして、それを形として感じられる瞬間こそ、
命が誕生する瞬間です。
生まれたことで、その子自身が救われ、その存在がまた周りを救っていく。
そうして世界は、少しずつ優しくなっていく。
救いの連鎖は、いつだって“誰かの勇気”から始まります。
そしてその勇気が、希望を生み、命をつなげていく。
僕はこれからも、その連鎖の一部でありたい。
どんな形であれ、「救い」を届ける側にいられるように。
そう願いながら、今日もまた、ひとつの命の誕生を心から祈っています。